a2.Human Beauty:人間と美と繋がり

sn.b1.愛着問題男ⅰ:お大師さんのご縁の犬達とセラピーに救われたこと

site up 20210718日

*性被害について記されています。はじめに【主旨と投稿ルールbyゆき花】をご覧下さい。ご負担にならないよう、ご自身の責任でお読み下さい*

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しがみつきが重たい。重たかった。その一人の男性について。

愛着(アタッチメント)に問題があるのだろうと、思われた愛着問題男ⅰについて、記しました。2、3人かいますが、愛着問題男ⅰが、酷かったので。

愛着障害と「障害」と、医者でもない私が言うのは、憚られるので、愛着問題と記しました。愛着障害と言えるような異常さ、異様さでもありますが。

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愛着問題男ⅰ…

愛着問題男ⅰについて、①十分に説明出来るようになること、②自分と相手の回復、或いは愛着問題の解消を祈れるようになること、…それは、私のトラウマ回復の大事な一歩一歩なのだと思います。

特に②は、ポリヴェーガル理論の、安全安心・信頼の自動調整、協働調整、自己調整が、十分にされて、安らいで生きられることを祈ることなのだと、私自身に思います。

それは、愛着問題男ⅰだけではなく、その人と、私自身と、全ての人に共通する、私自身のテーマから祈ることにも通じます。

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そういう私自身を、f先生のトラウマケアや、私自身の研究を通して育んできたから、愛着問題男ⅰについても、こうして整理出来てきていることを思います。

愛着問題男ⅰについては、以前も、ブログに書いたことがあります。でも、一度書いて、終わるようなものでもありません。気にならなくなるまで、しかし、傷を深めるのではなく、十分に手放せるように、整理しながら、必要なときには、こうしてまた記します。

ずいぶん、楽になれてきました。トラウマケアの協働調整というのは、とても大事です。自己調整の力になるからです。

愛着問題男ⅰは、性暴力の加害者ではありませんが、性被害者の脆弱さに、侵襲してきました。それも、異常で、異様に、です。そういう人は日常に、男女等の性別関係なく存在しています。

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愛着問題男ⅰが不幸だったのは、私のトラウマk病院の心の支えに関わっていたからです。

トラウマk病院の心の支えとは、私の誕生日です。

私の誕生日は、南極でタロとジロが生存確認された日でした。

私は、4歳の性被害から、追被害、二次被害と、被害を繰り返され、苦しい年月を送ってきました。

トラウマk病院は、悪名高く、45歳医者から15歳患者への性暴力事件ほか、多数の非人道処遇が、地元紙にも、全国紙にも、何度も報道されています。精神保健福祉士(国家資格)のテキストに、人権侵害の酷い精神病院としても、紹介もされています。

特にトラウマk病院の、暖房のない真冬の閉鎖病棟の約半年は、私のトラウマ症状を、最悪にしました。submit(自分を明け渡してしまう)、flop(迎合、自分を殺して偽って、相手の言うなりになる、相手に合わせる)と呼ばれる反応があるそうです。私自身のことを、説明してくれている人達(セラピスト達)に、本当に救われた気持ちでした。*正しい翻訳は、個々でご確認下さい。

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そんな怖ろしいトラウマk病院の、長野の真冬の厳寒の日々の中、いつも私の誕生日が素晴らしかったこと、タロとジロのように、この地獄の日々を生き抜けるのだということを、私自身の命の支えにしながら、トラウマk病院の暴力的な日々を、笑顔を作って、過ごしていました。

20-21歳の冬でした。

愛着問題男ⅰと出会ったのは、29-30歳の頃です。

愛着問題男ⅰも、何か不幸な生い立ちがあるのだろうと、思います。

愛着問題男ⅰは、勉強や仕事には優秀だった人で、南極越冬隊にも行きました。

そんな関りもあり、私は私を支えるものに関わって、不幸でした。

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私とは一切、関わろうとしません。だから、私はもう、最後なんだなと思います。そして、私がそのように、離れようとすると、警察にゆくという、行動に出ます。

自分から離れることは、良いけれど、私から離れることを、許さないかのように、警察に行きます。

警察の人も、一応、私に連絡するけれど、愛着問題男ⅰを、変わった人だと言っていたと、お母さんから聞いています。私は、ショックで、恐怖で寝込んでいました。

そんなことが2度ありました。32歳の頃と、46歳の頃です。

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約15年間、しがみつかれたような・噛みつかれたような重たさで、辛くて、しんどくて、苦しく過ごしていました。

それも、性暴力のトラウマと一緒にあるものです。愛着問題男ⅰは、重たくて、辛くて、しんどくて、苦しくてしょうがないのに、性暴力トラウマの方が、ずっと深刻であった為、愛着問題男ⅰのしがみつき・噛みつきの深刻さが矮小化されていました。

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伊勢にきて、結婚して幸せになりたいと思った時、愛着問題男ⅰの重たさに向かい合い、解決しておく必要があることを思い、向かい合いました。

愛着問題男ⅰが、警察に行く異常な行動で、これ以上、耐えられなくて、トラウマk病院以来、あり得なかった、トラウマケアの門を、13歳以来、再び叩きました。長野での経験から、一生、掛かる覚悟でした。

それでも、少しでも、私の尊厳が守られるところをと、複数の学会サイトから、日本中を探しました。

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トラウマケアのきっかけは、愛着問題男ⅰですが、「あの人のお陰だった」といった、気持ちはありません。そんなふうに思ううちは、まだまだ病んでるのだと、自身に思いますが、きっかけであったのは事実ですが、感謝などという、そんな勘違いな気持ちは、ありません。

トラウマk病院の支えである、タロジロを奪われたら、私を支えるものが、何も残らないのです。

また、私の誕生は、とても、幸せな誕生で、私の人生そのものの支えでもある中で、

誕生日の支えである、タロジロに関わっての、愛着問題男ⅰの不幸は、私の人生そのものを、破壊しかねないものでもありました。

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私は、愛着問題男ⅰのことを、好きなんだと、言う人達もいました。愛着問題男ⅰの職場の人達、愛着問題男ⅰと出会った小笠原の人達、私のこの話しをした人達…などです。でも、そうではありません。

私は、私に起きた不幸から、私を支えるもの(誕生日やタロジロのお守り)を、守る必要があったのです。

それくらい、私に起きた、性暴力も、トラウマk病院も、私を苦しめるものでした。

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私は、人・異性を好きになったことって、ないです。性暴力で、私自身を好きでは、なかったからです。

好きになったように思っても、そうではなく、トラウマの苦しさ故の、協働調整を求めてのもので、それは、好きの感情とは、また違うのだと、思ってます。「好き」と、言った人達でさえ、性被害故の、協働調整の不幸さから言ったことであり、心から好きだった人はいないと思ってます。

私自身を好きになれないでいたのに、誰かを好きになれることって、ないです。

今は、トラウマケアや、高野山、伊勢の学びや研究を通して、癒されながらいるので、少しずつ、自分に安らげるようになってきました。でも、好きという気持ちからは、まだ、離れているように思います。

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もし、今のf先生のようなトラウマケアがあり、また、今の私の学びや研究があったら、こんなに苦しく過ごすことはなく、愛着問題男ⅰに対し、バウンダリー(境界線)を引きながら、私自身を守って生かすことが出来たのだと思います。

まだまだ、十分にその異常さ、異様さを説明しきれません。トラウマk病院をサバイバルする支えであった、誕生日のタロジロもあって、お母さんも、酷い嘘をついていました。救いようのない中とはいえ、それは、私も、深く傷付きました。

でも、それも、お大師さんの犬達とセラピーのご縁に救われました。

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でも、それも、お大師さんの犬達とセラピーのご縁に救われました。

そして、それは、性暴力被害の、追被害という、トラウマk病院の不幸に関わってのことで、

トラウマk病院は、二次被害とは言えないくらい、酷い一次二次の被害だったけれど、

一番の根本的な、性暴力被害ではなく、追被害・付随の被害で、愛着問題男ⅰも、暴力・性暴力の連鎖の一人に過ぎないんだと、

そういう小さな存在なんだと、

お大師さんのご縁の犬達とセラピーに救われて、

ちょっとずつ、整理しながら、そう思えるようになりました。

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お母さんが、愛着問題男ⅰに関して、1年半も噓をついていたことは、許せないことです。その噓のせいで、動けない、寝たきり状態で、約1年半、過ごしました。その後も、そんな寝たきり状態の日々は、繰り返されました。

でも、お大師さんのご縁の犬達とそのm先生のセラピーを、1年半、受けたので、

また、ポリヴェーガル理論など、自分でも、そのセラピーを通して、多く学んだので、

今はまだ、言葉に十分、表現しきれていませんが、それでも、こんなふうに、少しずつ、整理することも出来てきて、

どう整理して、私の人生に位置付けて、手放せてゆけるのか、やっと、心に、体の感覚を伴って、実感されてきました。

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20年間、ずっと、苦しかったけれど、伊勢で、向かい合うことが出来て、良かったです。

伊勢で、絶対に幸せになるんだと、そう思えたからこそ、

しがみつき・嚙みつかれたように、だるくて重たかった、愛着問題男ⅰに向かい合うことが出来ました。

愛着問題男ⅰは、30歳で出会った頃、携帯電話を持っていたのに、持っていないと、私に嘘を言っていました。

愛着問題男ⅰは、信じられないけど、15年以上も、私の携帯番号を、保存したままいたのです。

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私を、好きなのではなく、ただ、母親代わりの女性のように思っているようで、重過ぎました。

そういう重たいしがみつき・嚙みつきのような、すがりのような気持も、人間というのは、通じ合うものなのだと、思います。

そんな重たさがある為に、その後の、追被害も、酷くなってしまったのだと、思います。

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でも、その重たさも、お大師さんのご縁の犬達とセラピーで、解放されました。

そのセラピーも、フラワーデモという、新しい人の繋がりの中で、終えることが出来ました。

そして、また、フラワーデモも、新しい人の繋がりへと、今また、変わりつつあることを思います。

写経は300枚以上、ご真言のお唱えは5000回以上もしました。

その頃は、毎日の両宮のお詣りもしていました。

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孤立無援であるが為に、自分で自分を支えながら、その支えの誕生日のタロジロの不幸な縁に、苦しみました。

孤立無援ではなく、安全安心・信頼の協働調整が可能な、f先生、またm先生のようなトラウマケアやセラピーに、もっと早く出会っていたかったです。

でも、それも、f先生、m先生の力だけではなく、私の研究や学びの力があってのものです。だとしたら、ポリヴェーガル理論の本が翻訳された2018年までは、難しかったことなのだと思います。

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愛着問題男ⅰについて、今日、ここまで書けて良かったです。

また、言葉や表現を探して、私自身の回復作業をしてゆきたいです。

安全安心・信頼の自動調整、協働調整、自己調整が、十分にされて、安らいで生きられることを祈ること、

それは、愛着問題男ⅰだけではなく、その人と、私自身と、全ての人に共通する、私自身のテーマから祈ること、

大事に、日々、心と体の安らぎを大事に、過ごしてゆきたいです。

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*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】と同意とします*