b2.ゆき花の白い雪道

sn.e1.何が必要か?性被害者が言わなければならない。相手に伝わるように。

site up 20210715木

*性被害について記されています。はじめに【主旨と投稿ルールbyゆき花】をご覧下さい。ご負担にならないよう、ご自身の責任でお読み下さい*

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フラワーデモを地方で立ち上げた時からの願いは、トラウマを理解して欲しいということでした。

「性被害はあるんだね」と、それでも、認められるようにはなってきました。

私が、自身の4歳の性被害に気付いた26-28歳の、約20年前の頃から、今日までの過程を振り返ってみても、この頃は、やっと、「性被害はあるんだね」と、認められるようにはなってきたと思います。

それが、形だけでも。気持ちがないものであっても。まるで支援者・治療者の練習のような、性暴力の高度な専門性の持たない、そういう人達の、興味本位を感ずるものであっても。

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でも、私は、「性被害はあるんだね」を分かって欲しい以上に、「性暴力のトラウマは、深刻なんだよね」ということを、分かって欲しい気持ちで、ずっと、フラワーデモをしてきました。

こんな被害を受けたんだ…とか、

自分の被害の具体的な話しではなく、

また、こんな二次被害で辛い目にあうんだ…とか、

警察や司法が相手にしてくれなかったという話しではなく、

性暴力は、深刻なトラウマを負うこと、そのトラウマがどういうものであるか、知って欲しいこと、そして、それを知ることで、刑法や自治体や社会の一人一人が・また全体が、良い方に変わって欲しいこと、

そういうことを望んでいました。

それは今も変わりません。

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でも、それなのに、トラウマの治療を出来る医療者は、ほとんどいません。

まして、性暴力のトラウマの治療を出来る医療者は、もっと少ないです。

そればかりか、

信頼して相談して、セカンド性暴力や二次被害を受けることもあります。

もっと、治療者や支援者に、性暴力・暴力の一次被害を受けることさえ、あります。

私も、そういう被害を、上塗りされてきました。

それで、トラウマが最悪になりました。

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性被害者にとって、何が必要か?

それを、性被害者が言わなければならないのです。

性被害者が、その被害の苦しみを吐露したとして、聞き手の人達ー例えば、議員や自治体の人達ーは、それだけでは、何がどう必要なのか?具体的に分かることはないのです。

メディアは伝えることが仕事なので、伝えることしかしません。もちろん、それはそれで、大きな意味あることです。

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でも、「何が必要」「どう必要」「こうあって欲しい」というのは、性被害者が、考えて伝えてゆくことで、

聞き手の議員や自治体の人達が、性被害者の思いや現実を聞いたところで、

「何が必要なのか?」「何をどうしたらいいか?」という、具体的なことは、分かりません。

それは、性被害者が考えて、「何を必要としているのか?」「何をどうして欲しいのか?」「何がどうあったら良いのか?」具体的に、地域に根差した方向やあり方を、提案して、繋げてゆく必要があるのだと、思います。

性被害者にしか、分からないことなのです。

性被害者にしか、考えられないことなのです。

聞き手は、性被害者本人ほど、性被害者のことを、慮るということが、出来ないのです。それくらい、難しくて、根深い問題なのです。

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でも、性被害者は、どれくらいそのことを、話せますか?

ケアや治療もしてない性被害者は、そんなこと、話せると思いますか?

それは、とても難しいことだと思います。

ケアや治療を受けている性被害者でも、難しいことです。

そのケアや治療さえも、専門性は、治療者によって、雲泥の差に違います。

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性被害のことを、あまり話すのは、良くないと、私の先生は言いますし、私もそう思います。

だから、私は自分の被害のことを、話すのではなく、「何がどう必要か?」「何がどうなったら良いか?」そういう問題提示と問題解決に、繋がれるように、このテーマでは書くようにしています。

もちろん、感情表現も大事にしますが、怒りは二次感情なので、怒りにフォーカスはしないで、その一次感情の、怖れ・恐怖について、フォーカスして、それが、解消されるような、言葉や表現を考えます。

言葉や表現、文学の分野は、とても重要な、人を繋げてゆく力です。軽く見られがちですが、強い力を持つものです。

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ケアや治療されてない被害者、或いはトラウマや傷付きを負った人は、自分の経験ばかりを、一方的に聞き手に話してきます。

オンラインでの個人の表現とは違います。リアルで、人を捕まえて、一方的に、長時間話してくるのです。聞き手は誰でも、その人が何か納得ゆく人なら、誰でも良い様子です。

ただ、話したいだけなのです。それは、お互いの為にもなりません。

自分もそういう役にされてしまったこと、度々あります。フラワーデモでも、その他の場面でも。

性被害者でなくても、様々に、傷付きやトラウマを負ってる人は、日常にいます。

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何が言いたいかというと、性被害者が話すと言うのは、とても、難しいことである、ということです。

性被害者が被害について話すのも、難しいです。

何をして欲しいとか、何がどう必要とか、そういうことを、意見することは、もっと、難しいです。

そういう社会全般を考えていうことは、個人のケアがされていない被害者には、難しいと思います。

自分の場合は、後で、個人のトラウマ経験の辛さが襲い掛かりそうです。というか、自分のケアもなくては、フラワーデモも、出来ませんでした。

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性被害者が簡単に、性被害のことを、話せるとか、何をどうして欲しいとか、言えると思わないで欲しいです。

他の問題とは異なり、性の問題は、プライベートで繊細でデリケートな問題です。心の琴線に触れるような、繊細さを伴います。そういう体の問題です。

トラウマの理解をして欲しいということと、

性の安全安心・信頼を、一緒に大事に言ってきました。

トラウマの理解については、偏見蔑視の差別意識も強くあります。

性被害だけではない、深刻なトラウマ、精神疾患、精神障害に対する偏見蔑視の差別問題に、向かい合う必要もあり、

また、堕胎罪などの問題に向かい合う必要もあります。

性被害者は、それらを、いくつも背負っている人達も少なくありません。

これからも、言葉や表現を探してゆきたいです。このテーマについて、地域や人と、安全安心・信頼関係で、繋がれる方法を、向かい合ってゆきたいです。

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*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】と同意とします*