c1.メインセラピー by F先生

sn.f1.治療の先生に、FDを止められた理由は

site up 20210605土

*性被害について記されています。はじめに【主旨と投稿ルールbyゆき花】をご覧下さい。ご負担にならないよう、ご自身の責任でお読み下さい*

「フラワーデモをボランティアでしてる」と、言われたことがあります。最近も。県外で一人、県内で一人、言われました。男性女性とも、です。

え?と思い、モヤモヤして…結局、その時、他にもいろいろ、言われていたこともあり、フリーズしていて、何も言えなかったことを、振り返って思います。

ボランティアする余裕があったら、フラワーデモはしないです。

安全・安心・信頼の心身の調整がされないこと、=神経系の協働調整されない為、心身が安らげず、他者との関係性の耐性の幅が弱まり、人間関係に脆弱し、危険や脅威・人間のそういう面に晒され、標的にされ易い…そういう孤立が、やがて死に追い込むことを、体で知る程に孤立して危なかったからやった、それが理由です。

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FD立ち上げた当初、治療の先生に止められたことを話すと、「そんなに状態が悪いのに」と驚く看護師などの参加者さんもいます。でも、私の先生のような専門家は先生の地元にもそういないし、私の地元にはゼロです。その専門性もない人に、看護師の資格がある人であっても、言われたくないです。

そして、そういう資格ある人に言われるというのは、脅威にも恐怖にもなり得るのです。

その専門性もない人達の↑そういう意見に出会うことで、私が傷つくから止められたことを、理解して欲しいです。

私は、そう言われた看護師さん二人には、日を置き、自分の気持ちを整理しながら、伝えることが出来て、相手もそれなりに理解してくれました。

看護師さんでもない、参加者さんや、当事者さんにも、言われることがあります。その中には、自分の気持ちを伝え、理解し合える、コミュニケーション出来る人もいますが、そうでない、一方的にしか言わない人もいます。一方的にしか言わない人に、とても疲れます。当事者に限らずですが、愛着の問題から、距離間が悪く、傷付きやトラウマを負っている人には多いです。

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性被害の無知偏見以上に、そのトラウマ、精神疾患についての無知偏見に出会う危険の方が、余程、自分は怖かったです。

実際、良く分かってない人達に、自分の治療経験や学びや院の研究を通して、心と体の繋がりや、陰核の理解について、伝えられるものがあるから、自分を守り続けているけど、エネルギーを費やしています。

ボランティアだとか、プラカ持って立ってるだけとか、

さすがに、軽々しい発言ですが、それまでも、心ない人の発言や態度に、傷付いてきました。

距離間が近くて、悪いのです。

自分はフリーズが強い為に、十分に、自分を守れないことも、自覚しています。

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人前ではスピーチは出来ないと、私に被害経験、長時間一方的に話されたり(しかも、こちらからの電話でです)、

被害や傷付きの経験を、聞き手に配慮や遠慮なく言われると、聞かされた側は、傷付くものです。

誰であれ、怒りの覚醒の高いのも疲れます。治療では、怒りは安全な場で、信頼関係の下、安全に解放される必要があると、言われています。

でも、そういった、安全・安心・信頼の基盤をいくら伝えても、特に、トラウマや傷付きを負った人達には、伝わらないことを思います。

そういうことは、たびたびあります。自分も、傷付くし、疲れます。

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こういうことを、共有出来る人間関係も、作りながらきたので、少しは違いますが、専門職でもない、いち個人が、その治療と学びから、何とかやっていることについて、傷付き・トラウマを負う人は、他者についての安全・安心・信頼を十分持てていないので、礼儀や配慮が持てません。

解決には…

一番、私自身の回復、自己との繋がりの回復を大事にすること、その上で、他者との安全・安心・信頼の繋がりを大事にすること、その原点に、戻りながらいたいと思います。

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性や性被害、その傷付きやトラウマに向き合い、安全な環境や関係の中で、解放してゆく作業は、高い専門性が必要です。

萎縮が強く、同じような性被害者に会ったことがありません。

たまに、ある関係性の被害を打ち明けられ、自分の他にはいない、などと聞かされることがありますが、その人の繋がりでは聞いたことないのかもしれませんが、私の繋がりでは、結構、多く聞いてはいます。そう伝えても、耳に入らない…それが、トラウマある人の特性でもあります。

でも、自分の被害は、その幼さから、聞いたことも、行き合ったこともないです。近いものはありますが、やはり違うと、思われてしまいます。

4歳・誘拐連れ去り・集団性暴力はじめ、弟の送り迎えやその同級生達の6年に渡る集団の性的暴言、加害者達の死によるトラウマ、その全て・またはいずれか、加えて、精神科医療被害については、同様の被害者はいますが、これもトラウマです。

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全く同じ被害はないでしょうが、被害比べのように、言われたり、聞かされること、また、自分の被害を一方的に言ってくること、そういうのも、傷付きますし、疲れます。

フラワーデモや何かの活動は、発言する場かもしれませんが、そこに安全・安心・信頼の関係性を作るのは、一人一人です。放っておいて・意識せずに・自然に、出来るようなことではないと思います。

安全・安心・信頼に委ねた放任主義で、可能になるとしたら、トラウマ、傷付きが、ある程度、癒されていたり、調整出来ていたり、また、そういう人間の関係性が、その以前に培われていたり…そういった前提があってのことと、思います。

安全・安心・信頼の関係性を作るというのは、そういったことを、考えて、配慮して、言葉を繋いで、関係性を繋いで、そういう積み重ねだと思います。

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私は自分の命懸けで得た治療やその学び、研究にプライドを持っています。共有出来るものがあるから、出来ることだと思っています。

その治療も学びもない人に、当たり前のように言われたくないことを、そういう人にゆき合う度に、思います。

《性や性被害、その傷付きやトラウマに向き合い、安全な環境や関係の中で、解放してゆく作業》

これが必要だから、性や性暴力、その傷付きやトラウマのあり様、回復の方向性を、知ってもらう為に・理解してもらう為に、

安全安心信頼の基盤を、自分の繋がりの中で共有するようにしていますが、こんなに大変な経験や知識や理解をお伝えしながら、エネルギーの消費は大きいし、とても疲れます。

私自身は無償ですが、こういったことは、当然ですが、ボランティアの慈善の範疇ではなく、命を繋げる為に、やっていることです。そこ見ずに好き勝手に言う人達には、とても傷付きます。

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トラウマ持ちの特性で、分断切り離しを無自覚に言う人、態度に出す人もいて、それされる方は、傷付くし疲れるものです。

その上、その専門性もないし、私が望んでも認めてもないのに、地域現状的な浅い見識で、看護師・支援職にいるような人達が、知識も配慮もなく、言われてしまうこともあります。

そういうのは、侵襲的だし、踏み込みになります。

自分の萎縮の強さから、踏み込まれ易い…というのも、自覚しています。

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繰り返しますが、性、性暴力、その傷付きやトラウマのあり様、回復の方向性、それ知らなければ・持っていなければ、他者と共有出来る安全安心信頼に、繋がらないし、繋がれないものです。

そういうことを考えながらやっていることを、軽々しく言われたくないです。

トラウマの特性と知ってても、私がその強さ・激しさを受ける役でも、当然ありません。

理解ない人、礼儀・配慮ない人が、セカンド性暴力です。そういうのは、加害者はもちろん、当事者、FD参加者、変わりなくあると思います。私自身も、気を付けながらいますし、嫌だと言われたら、その話題に触れないようにしています。けれども、私が嫌だと言っても、いつまでも嫌だと言っていることを、繰り返し、言ってくる人も、加害者のみならず、日常にも、当事者やFD参加者にも、現実います。

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被害想起についても、

治療の先生には、命に関わると言われています。それでもFDを、やってるのは、命を繋げる為と、理解してほしいです。

性・性暴力、トラウマやその回復について、分からなくても、配慮や礼儀は必要で、それが安全安心信頼に繋がるのだと思います。

治療の場でさえも、ただ吐き出せる場ではないのです。治療の場でこそ、安全・安心・信頼の関係性を基盤にされています。

現実、そういった治療や支援の場がなく、寄り添わない・見えない壁で隔たりを作りながら、対面されることが多いのも問題です。治療者・支援者も知らないのです。

でも、だからといって、そのあまりに激しい怒りや不満を違う他者に向けないこと、フラワーデモでも、どこの場でもそう思います。そういうことの理解が必要です。怒りや悲しみの共有も、お互いの安全・安心・信頼があってこそ、可能になるものだと、治療を通して思っています。

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私の先生が、止めた理由は、覚醒の高さが、ケアの基盤の安全・安心・信頼の関係性とは、真逆であることが多く、実際、そういった現状も、ゆきあいます。

自分の中に、安全・安心・信頼の関係性を十分に保てていない人は、まず、自己のケアを優先にして欲しく思います。

私自身も完璧じゃないし、トラウマの特性あるし、人間は誰しも、そういうものだと思います。

トラウマは、健康であるが故の、症状であると言われているように。

言い過ぎや踏み込みすぎる人、覚醒の激しさは、被害者にも加害者にも一般的にも、癒されない傷付きやトラウマ負ってる人の特性です。

こういった理解や知識、経験は、自身の治療に加え、ポリヴェーガル理論、愛着理論のみならず、自分の宗教的な学びも、かなり大きいと思っています。

*写真は津の結城神社です(ゆき花撮影)。

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*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】と同意とします*