b3.ゆき花と春の花

sn.b3.神宮の地・お花祭りの日、お母さんが倒れる⑤フラワーデモの日々を過ごして

site up 20210512火

私とお母さんの、「性被害者のその後」を生きてきた過程で、一番の奇跡は、やはり、フラワーデモなのだと思います。

私は、4歳の時に、誘拐・集団・強制性交等致死傷罪(未遂)の性暴力被害にあいました。

その後も、被害は繰り返されました。

加害者達の死による、死の複雑性悲嘆でも苦しみました。

また、n日赤、k病院の、酷い医者・医療者による、病院トラウマにも苦しみました。今もそうですが。

4歳の性暴力被害に、気が付いたのは、26-28歳の頃でした。気が付けたのも、命の奇跡だったと思っています。ただ、何となく、日常を過ごしていた中で気が付いた訳ではありません。酷い病院トラウマが、その後、何年も癒されず、しんどさを抱えながら、せめて出来る社会の繋がりをと思いから、専門学校に通う中で、信州大学の死生観を学ぶ勉強会の、発表を通して、気付くことが出来ました。そういったことも、奇跡です。

お母さんに打ち明けて、でも直ぐに信じてくれました。私ですら、信じられなかったのに…です。お母さんに打ち明けるまでも、容易な過程ではありませんでした。

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その後、私はお母さんと一緒に、性暴力の理解と安全のお願いを、長野の市や県に、市民の声として送ったりしてきました。

また、国会議員さんなどにも送りました。そこでも、二次被害にあうなど、しました。性暴力の理解と安全のお願いに、与党野党など、全く関係ないと、痛く知りました。

従軍慰安婦や、沖縄の米兵による性暴力など、縁あった学びの中からも、そのような取り組みをしてきました。

自分の癒しもしてきましたが、どこにも、今のf先生のような専門家は、今に至るまで、全くといって良いほど、いませんでした。

初対面なのに、押し付けがましく、精神科医に掛かれなどと言ってくる、看護師などもいました。そう言ってくる、その人の方が、病んでいるのだと思いながらも、強いバウンダリー(境界線)を引ける程、強くもありませんでした。それ程までに、医療者や、支援者に、侵襲され、ボロボロにされていました。

良い縁もありましたが、性暴力の理解と安全のお願いについては、傷付くことも、もっとずっと、沢山ありました。

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こういうふうに言うと、まるで杓子定規の報告を求めるかのように、「何をしてきたの?」と、聞いてくる人もいます。

それはまるで、性暴力被害も、その二次被害も、どれ程の傷付きがあっての上に、このような活動をしてきたかという、理解など持てていないし、慮る器量もない人のように、思われます。余程、癒されていない人間の態度という感じに。

まして、医療者とか、支援者とか、そういう立場にある人なら、無神経そのものとしか思えません。私は医療トラウマも酷いのですが、恵まれた医師・医療者の方の縁もありました。なので、余計に、そのように思われます。

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30代後半に、お母さんの「大学なんて行ってどうなるの」という、長年の重圧と呪いを押しのけて、日本女子大に編入しました。

自分にも理解出来ないトラウマを抱えながら、それしか社会と繋がれる方法を、知らなかったからです。

名門女子大と言われるその女子大の、ある名誉教授のセカンド性暴力に、全身、蕁麻疹が出て、死にそうになったこともあります。上の血圧が30下って、医者にそう言われました。

日本中、お詣りしながら、祈って巡って、2011年3月に、卒業しました。東日本大震災の年の3月です。

お父さんにも、トラウマを理解されず、酷い暴力を受けて、その年、お母さんと、四国遍路して、そのまま、高野山で過ごしました。

こんなふうに簡単に言うけれど、酷い性暴力や暴力にもあったし、k病院に次ぐかのような、地獄の日々でした。その以前にも、地獄はありましたが。

高野山でも、性暴力やそのトラウマを理解されていた訳ではありません。

私とお母さんは、お詣りと写経の日々を過ごしていました。

毎日続けていた日記を通して、褒め日記に出会い、自尊をつかんで知り、仏教・弘法大師の教えの尊さを理解することも出来ました。

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お詣りは、28歳の頃から、続けていました。2001年10月21日、奈良の天川神社が、そのきっかけでした。今の大学も、その繋がりにあります。高野山も、繋がりのあるところです。

天川は10年余り、毎年、お詣りに行っていました。

その間、身近な神様にもお詣りしようと、戸隠山の戸隠神社に、毎月、月詣りをしていました。月詣りは、4-5年くらいでしょうか。東京の大学で、東京から、全国、お母さんと、お詣りしながら、名所も辿りながら、祈り、旅しました。贅沢しようとかではなく、ただ、本当に、困っていたからです。

四国を車で巡拝した後、お遍路して歩きました。108寺、逆打ちです。逆打ちは順打ちの3倍、大変と言われています。私はでも、逆打ちしかしていません。弘法大師に会えると言われていたからです。弘法大師に会いたかったからです。伝説でも、そんなふうにしか、選ぶ余地はありませんでした。

そのくらい、性暴力の救い、いえ、トラウマの救いがなくいました。

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伊勢に来て、いろいろあって、トラウマ抱えていることにも限界になり、今の大阪の専門カウンセリングに、繋がりました。それも容易な過程ではありませんでした。

私も、お母さんも、本当に、大変でした。

発達障害・愛着障害ある優秀な異常者aについては、特に、病院トラウマも関わって大変でした。

3年前にくも膜下出血で倒れ、奇跡的に助かっても、公助に侵襲され、私も母も、ボロボロでした。

伊勢の近所の、母のかかりつけ医の妻が、性被害者で自死したことを知り、自分もそのような目に追い詰められかねない、そのように、尊厳を奪われてしまうと思われて、

少しでも、安全な人達に繋がる必要があって、東京の刑法改正のイベントに出掛けました。フラワーデモ公式の北原みのりさん、Springの山本潤さん、フラワーデモ各地主催者さんらのお話しを聞きました。

その中に、フラワーデモ長野主催者さんもいました。10年振りに、性暴力で断ち切られていた、郷里の長野と繋がれたようで、涙が止まりませんでした。イベントの後、FD長野主催者さんとお話して、伊勢に帰って、翌日、フラワーデモを立ち上げました。

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「繋がりが回復」…f先生のその言葉を、ただ、実感されて、治療で一番大事にしている、安全・安心・信頼の繋がりを、広める一心でした。

性・性暴力・トラウマについて、分かち合える、そういう、自分の命の安全・安心・信頼の繋がりが、必要だったからです。その分かち合いがなくして、自分の命の安全・安心・信頼の繋がりは、あり得ませんでした。

起き上がれなくなったり、それで、修士の卒業を一年、先延ばしにされながらも、ただ、命を繋げる為だけの思いで、他に何もありませんでした。

たまにサバイバーで、「フラワーデモやってる人達は、そんな力あって、エライ、自分は、日々の生活でいっぱいいっぱい」と言う人もいますが、

私からすれば、自分の生活でいっぱいいっぱいでいられる程の、安全な関係性などないから、やってるのであって、やらなくて済むほど、楽なことはないという思いです。

自分の被害が一番、大変だと言えるくらい、自分中心になってみたいものです。

私はいつも、「アナタの方が、大変ですね、私の方が、大したことありません、だから、敵ではありません、攻撃しないで下さい」…といった、態度になってしまうのだから。トラウマ故に。それ程までに、深刻なトラウマなのだから。せめて、こう言えるようになっただけでも、回復の一つ一つです。

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フラワーデモの賛同者だからといって、主催者だからといって、性暴力やトラウマの理解や考え方が、同じだとか、そういうこともありません。

癒されていないサバイバーに、恐ろしい言動やメール送られてくることも、度々あります。

愛着障害、発達障害そのものの、重たく激しい、纏わり付きをされることもあります。

不機嫌な態度、トラウマや傷付きなんて、誰だってあるよ・皆、同じだよという態度、やってないのに・出来てないのに、やってます感・出来てます感出されてしまうこと、政党団体のセクト問題に言われてしまうこと・見てくること、…そんな次元の問題ではないのに。こんなに苦しい思いで、しんどい辛さ抱えながらやってることなのに。

もっと、沢山、言いようのない、悔しいこと、図々しくされること、言われること、軽んじられること、多々あります。

お母さんと、その度に、傷付いたり、やつ当たったり、大変でした。

それでも、フラワーデモは、私とお母さんには、カミホトケの奇跡なのです。私にとってだけかもしれませんが、奇跡なのです。

ずっと、カミホトケに祈って、お詣りしてきて、伊勢・三重の地で、フラワーデモを出来ていること自体、奇跡なのです。初回2回の和歌山も、主催しました。お大師さんの高野山の和歌山であったことと、トラウマの理解や回復に、お大師さんの教えは、とても大事だからです。

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3年前、奇跡的に助かった、お母さんの命でした。

その後の約1年半-2年の、フラワーデモの日々を過ごして、お母さんは、動ける命の最後に、めいっぱい、私を生かそうとしてくれました。そんな美しい綺麗事ではなく、単に、私が、そのように、望んでしたのかもしれません。

それでも、カミホトケが、フラワーデモの奇跡を、この伊勢の神宮の地で、実現させてくれたと、そんなふうに、命が命を生かそうとしてくれているのだと、私には、思われるのです。

そのくらい、性暴力被害の、何の救いもない中で、私も、お母さんも、生きてきました。

お母さんは、まだ、頑張って生きようとしてくれています。

なので、私も、気持ちや思いを整理しながら、これまでのこと、フラワーデモの過ごした日々の意味の大きさを、大事に向かい合ってゆきたいと思います。言葉では言い尽くせませんが、まだまだ、伝えてゆきたいと思います。

人の繋がりが、命を繋げる…ということを。

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