b2.ゆき花の白い雪道

sn.e3.トリガーと想起の辛さ

site up 20210108金

性暴力のテーマを扱う時、それがトリガー(きっかけ)になって、過去の性の痛みや傷付きが、触発され、呼び起こされてしまうことがあります。社会や世間は、長い歴史の中で、性暴力やその痛み・傷付き・トラウマという存在を、ずっと許さない、認めない、存在させないまま来ています。

フラワーデモは、その性の痛みや傷付きに、触れて向かいあう場そのものでもあります。

その時に、その痛みや傷付きで、感情や体調のコントロールが難しくなるようなことも、誰しも起こり得ます。

それは、人間の自然な反応です。

ご自身の体調と、よく相談し合って、ご無理のないように、ご参加下さい。

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「だから、何事もなかったように、笑って過ごせば良いんだ」

と、私は、何度も言われてきました。医者、医療者、支援者、同級生、家族、親戚、近所の人達、身の回りのいろんな人達に言われました。そして、私自身にも、そう言ってきました。

でも、それでは、傷付きの癒しや回復は、起こり得ません。性暴力の癒しや回復は、自然にされるようなものではありません。放っておくと、傷付きや痛みは、累積、相乗されて、深まってゆくものです。その痛みや傷付きの解放には、安全安心・信頼関係に基づく、分かち合いが必要です。

「幸せは、二人で分かち合うと倍になり、悲しみや苦しみは、二人で分かち合うと半分になる」

以前、テレビで見たハンセン病患者の方の言葉です。元は、ドイツの諺のようです。

人は人と感情や気持ちを分かち合うことを必要とします。それは、自身の体が生きる為に必要とすることなのです。

でも、人と接するのが辛い時は、自身の中で十分な安全安心・信頼関係が保てなくなっている時です。疲れている時、傷付きや辛さがたまっている時など、そのような状態になります。そんな時は、休んでくださいね。

鬱や自律神経調整不全など、長めの休養が必要な時もあります。でもそれも、自然な人間の反応と言えます。

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性暴力は、「性」も「暴力」も、どちらも触れ難く、扱い難い問題です。

「性教育」と重なることがあっても、イコールではありません。

「暴力」と向かい合うのには、痛みや傷付き、その癒しと回復、その基盤の安全安心・信頼関係・自己肯定感の必要、それらの理解と経験…そういったものが必要です。私自身も、ケアしながら、学びながら、活動しています。

もう一度言います。「性暴力」は、「性教育」と重なることがあっても、イコールではありません。

「性」は、センシティブで、デリケート、それぞれにプライベートなテーマです。

そして「暴力」は、人間関係の繋がりの中で、痛み、傷付き、悲しみ、怒りといった、個々には触れ難い感情・身体感覚を強く伴うもので、「性」のテーマ以上に、センシティブで、デリケート、それぞれにプライベートなテーマと言えます。

*深刻な傷付き、トラウマの為、過覚醒で、一方的・攻撃的な言動の参加者や賛同者もいますが、対話とお互いの尊重を、フラワーデモみえでは、大事にしています 。傷付きやトラウマは、人間の自然な反応ですが、安全安心・信頼関係が難しい方は、まず個人のケアを優先して下さい。

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*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】に同意とします*