d2.世の調律と:戦争と戦時性暴力

sn.d2.従軍慰安婦問題、92歳の証言

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相模原の男性が語り続ける 慰安婦への加害の記憶 「語らないことでまた責任が生じる」

相模原の男性が語り続ける 慰安婦への加害の記憶、従軍慰安婦、強制連行、監禁
〉神奈川新聞 | 2014年4月20日(日)

*リンク先が期限切れの場合もあります。

良い記事です。92歳の男性、自らの過ちや加害行為と向き合い、証言するのは、難しいと思います。

〉「この国は戦後ではなくもう戦前と言っていい」。そして問い掛ける。

〉「悪いのは政治家だけだろうか。そうした政治家を選んできたのは、過去と向き合ってこなかった私たち一人一人でもあるはずだ」

4歳の性暴力を、性暴力と気付かず、ただ苦しかった10代の頃、教科書に記され、大人達から聞いていた、従軍慰安婦(当時は「強制慰安婦」だった)=日本軍の性奴隷にされた女性達に、「自分も生きなければいけない」と、生きることを支えられていました。

乖離とフラッシュバックの閃光を抱えながら、終わらない・分からない地獄の暗闇のような、苦しみの日々を、彼女達を、無意識にも心の支えにして、生かされてきました。

彼女達が、声を上げたことに、人間としての希望を与えられていました。

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*私が学んだ教科書には、従軍慰安婦ではなく「強制慰安婦」と記されていました。そして、それが一番、適当に感じてました。従軍慰安婦や慰安婦の言い方は、違和感あります。初期の頃は、意に添わない(=騙し・欺き・欺瞞なども含めて)「強制」の意味で表記されていましたが、後で変わったようです。「従軍慰安婦」も「慰安婦」も、「強制」という、問題の根幹の暴力性に目を背けられ、違う問題にすり替えようとする不正義に支配され、言いくるめられるような、違和感と不満を感じます。

戦時性暴力で何度も生き殺しにされてきたのに、人間の尊厳の為に、再び死の覚悟で、勇気の声を上げた韓国、アジアの女性達と、真摯に向き合う日本の先人の方々がいて、教科書にも記されていたことが、今の性暴力や性犯罪、人権の声を上げる人達(自分も含めて)の、尊い力になっていることを思います。

フラワーデモでも、少女の像を置いている地域もありますが、フラワーデモみえでも、従軍慰安婦、性奴隷の何かあったら置きたいような気持ちです。

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