c1.メインセラピー by F先生

sn.c1.「No Means No!」陰核への刺激による反応は、好意・許諾・受容・「快感」で括られる性感覚ではない②例えば

site up 20201119木

花園投稿より②(再掲)。頑張って整理してみました。大事なことだけど、触れ難くされてることです。この記事は特に、ご覧になる際には、ご無理をなさらないようにして下さい。自分にも、とても大切な、性の根幹に関わるテーマですが、容易ではないテーマです。

*ポリヴェーガル理論、ソマティック・エクスペリエンスのタッチセラピーの本、また、自身のトラウマケアから、考えて記しています。

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陰核とは、男性はペニス、女性はクリトリスと言われる性器です。女性の陰核を、特に取り上げられますが、男性のペニス(陰茎)も陰核に該当するそうです。電子辞書、wikiなどの確認です。

自分の周囲でも、社会一般でも、まるで腫れ物のように、触れられませんが、「No Means No!」の説明に、陰核への刺激・反応は、避けられないと考えます。

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触れられない一方で、卑猥なネタや性暴力の侵襲には、話されます。そうであるから、向かい合い、考えて整理しました。

触れられないのは、デリケートなセクシュアル・パーツであるからです。尊重・礼儀・科学的で、かつ、思いやりのある言及が、だからこそ必要と思います。

FGM、女性性器切除にも相通する、世界的な問題でもあります。

一度に、全てを答えに出来るものではありませんが、自身のトラウマケアでも大切にしている、「ちょっとずつ」「タイトレーション」を、大切に向かい合ってゆきたいと思います。

本記事です→

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■2.具体例

*例えば被害者、被害児が、加害者のその行為で「気持ちいい」と体が感ずじても、そう思っても、そのままそれを求めたとしても、

◆1.それは、加害者を許諾、受容し、好意を抱いてるにならないし

◆2.被害者の望んだ意思とは、異なるもので、一緒にしてはいけない。

・それは、体の自然反応であることを、正しく理解する必要がある。

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◆3.淫乱、淫ら、性的貪欲には該当しない。その身体パーツが機能されている、標準的な健康さのある人間の自然で当たり前の反応で、そこに、被害当事者の意思や同意がないという、そのことを意味する。

・性的同意や意思あっても、性的不同意で意思がなくても、同じことをされたら、同じ身体反応が生ずる。

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◆4.(再)例えば被害者、被害児が、加害者のその行為で「気持ちいい」と体が感じても、そう思っても、そのままそれを求めたとしても、…

→「求めたとしても」というのも、自然反応的、太古からある生命の本能的なものなので、積極的な性的な意思や、積極的な性的な同意とは、同じにならない。

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◆5.また、便宜上、この身体機能上の性感覚を、「快感」と、現状にその他に適当な用語がない為(=知らない為)、そのように用いているが、「快」が、適当な用語とは、考えない。

適当な用語に、繋ぐ言葉として便宜上、用いるのであり、現実的に、被害当事者にとっては、「快(こころよい)」は、該当しない。被害当事者には、「こころよい」ものではない、「性感覚」以上のものではないからである。

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それは、食した時に、甘い・辛いと感ずる味覚のように、

また、耳にした時に、静か・騒がしいと感ずる聴覚のように、

香り・匂いに、爽やか・臭いと感ずる聴覚のように、

目にした時、明るい・暗いと感ずる視覚のように、

触れた時に、冷たい・熱いと感ずる触覚のように、

感ずる神経系の機能によるものであり、「快」には括られない。

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これは、「快感」ではないことの説明であるが→

「性感覚」=「快」であるが為に、望まない性的な侵襲というのは、「快」以上に、マイナスに機能する感覚となる。

そして、その望まない性的侵襲を被った、被害当事者には、脳・神経系・全身の機能に、侵襲・ダメージ・攻撃となって、被害当事者の身体の内に、残されて、その後も機能されてしまう。

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繰り返しての説明→そのような経験=被害経験による、脳・神経系・全身の機能の経験というのは、恐怖・脅威経験であるが故に、脳に残されて・記録される形として、保存されてしまう。

脳に残され・記録されることにより、その後の日常にも、常に、影響されてしまう。安全安心・信頼の関係性を、常に持ち得ない、或いは、非常に困難になるのである。

それによる自己調整も、過剰になると、鬱、引きこもりといった、他と関われない状態になる。他と関われる為には、安全安心・信頼の関係性に於ける、他者との協働調整が必要である。

しかし、それは容易なことではなく、その専門性を持つ者は、少ない。

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陰核への刺激による反応は、好意・許諾・受容・「快感」で括られる性感覚ではない。

「快感」「気持ちいい」の説明は、臨床上、必要な説明ではあるが、

医学的・社会的な説明としては、「性感覚」を「快感」括るのは、適当ではない。「快(こころよい)」という語は、特に、被害を受けた当事者に対して、誤解、語弊、誤謬を生じさせる。

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性感覚が、他の感覚器機能と同じく、心情を伴う要素(「快」に一般に使われる「こころよい」のイメージ・繋がり)を排除する、或いは、補足する、別の用語が必要である。

「快感」「気持ちいい」の説明欠いての、性感覚の説明は、難しいとも考える。性感覚とは、他の感覚器と並べても、種の保存の本能的にも、「快感」「気持ちいいい」と説明するのが、分かり易くもある。

しかし、性暴力・性犯罪の意識は、社会一般にも、司法、医療、教育、政治に不十分なままである。

そんな社会の中での、社会一般からも・専門家からも、誤解、語弊、誤謬を防ぐ為にも、それが、「不随意な性感覚」「不随意性感覚」など、「快」が、意志によらないことを示す用語は、必要である。

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オンライン上でまとめるのは、大変な内容でしたが、自助グループの花園に、支えられました。

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*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】に同意とします*