a2.Human Beauty:人間と美と繋がり

fl.b2.懐かしい風景

site up 20201107土

これは生まれた長野の姨捨(おばすて)、千曲川氾濫復興花火の風景だそうです。@chris_3695 さんの撮影で、自由に使って良いそうなので(=もちろん、良識の範疇で)、使わせて頂きました。

22年前、26歳のちょうど秋の今頃、女友達3人とここで一晩中話しました。終電も通り過ぎた、姨捨の小さな駅のプラットホームに上がって、この夜景を見渡しました。寒かったので、友達の車の中へ。今は耐えらないヘビースモーカーな彼女達のタバコの煙で、一週間くらい、吐き気を抱えながら、気持ち悪く過ごしました。

友達と一晩話して、医者に迎合・依存したら駄目になると思い、友達を信じて離れることにしました。26-27歳のその頃、その医者の信州大学の勉強会で、4歳の性暴力に気付くことが出来ました。気付けたのは良かったけど、信じ難い酷いことを言われました。

私にとって、様々な記憶は、過去のことではなく、今ここにあるような、つい昨日のことのような存在です。トラウマは過去にはならない、そういう記憶で経験です。

🌼🌼🌼

私が自分の被害を被害と気付けたのは、母の言葉による27歳の時でした。

26歳の時は、日本語表現にない感じで「気付けた」とは、便宜上は言うことがあっても、寧ろ、傍観者的に・乖離的に、知ったという感じでした。それは「気付けた」というレベルの自覚ではなかったです。

なので、「27歳の時に気付いた」と、自分の最低限、納得し落ち着けるところで、言うようにしています。

「気付けた」と言うのには、28歳が一番落ち着ける年齢です。28歳は、牧師との話から、加害者が悪くて、私悪くないと言うことに、気付けた年齢です。

🌼🌼🌼

この姨捨の夜から約1年後、保健師の先生の助言もあり、母に話せました。自分でも信じられなかったこと、母はすぐ信じてくれました。母も信じられないような、誘拐連れ去りの、成人男性2人の性暴力だったけど、信じて言ってくれました。

その時の会話を覚えてます。

「お母さん、私だって信じられないのに、どうして信じられるの?」

と言ったら

「ゆき花ちゃんが、話してほっとしているのが分かるから、信じられる。私も信じられないけど、あの二人ならやりかねない」

と。12月の一番、日の短い冬至の頃でした。夕方の窓の外は、もう暗く、明かりを灯けた台所のテーブルでの会話でした。

🌼🌼🌼

17時頃の会話で、その後、18時頃にその日の夕ご飯でした。

その夕ご飯の時、本当に4歳の被害以来、自分に食べる感覚があることに気付きました。食べられる感覚を取り戻す命の一歩というか。

本当に取り戻すには至ってなくて、20年経った今、やっとトラウマ治療で少しずつ、摂食障害にも取り組めています。

何もかも奇跡で、命終えるかと思う日々だったけど、もう20年生きているなぁと思います。

🌼🌼🌼

フラワーデモも、もう一年になります。その前日、4歳の性暴力と、トラウマk病院、周囲の無知無理解、差別偏見で、10年帰れなかった生まれた長野と、東京の性犯罪・刑法改正イベントで繋がれました。北原みのりさんと長野主催者さんのお話しを聞いて、涙が止まりませんでした。

東京から夜遅く、帰って翌日、津駅前で、三重のフラワーデモを立ち上げました。伊勢の近所に、性被害者の自死者がいたのが、大きなショックで、きっかけの一つでもありました。

性被害者の自死者は、長野の頃から何人目かでしたが、神宮・両ご正宮のお詣りの道中の方で、ここで向き合わなければ、神が許さないと思いました。

🌼🌼🌼

伊勢に来て、せっかく大阪の希少な、性暴力のトラウマ専門治療に繋がれてても、性暴力もそのトラウマも理解されない、自死者も出て当然と思うような、怖い・酷い目に、今まであってきました。

ピンポイント拡大解釈で、まるでかつての、癩病者狩り・障害者狩り、中世の魔女狩りのような、猪突猛進振りでした。まるで魂が死んでいる・無自覚な発達障害を負っている様子です。

性暴力被害とその二次被害で、困っている人(=私や母、家族)の心情や、それでも奇跡的に良い専門治療の縁に繋がれている事情というものを、理解しない・理解出来ない、そうする能力がないのです。自分たちの不正請求や福祉金儲けに、好都合な、一点や結果しか見ていないのです。

こんな恐ろしく、粗末な介護支援が存在することにも、驚きました。意識は、江戸・明治の遅れです。

🌼🌼🌼

そんな中での大阪・神戸のカウンセリングの縁も、フラワーデモが声が上がったことも、その繋がりも、命の奇跡に思います。

性暴力に気付いて打ち明けられた翌年の28歳の頃から、4-5年ほど、毎月、戸隠山の山奥の神社に、お詣りに行っていました。奈良の天川神社とのご縁が、始まりでした。奈良の天川にも、10年程、毎年、お詣りに通いました。

医療、行政、親戚、友達、学校の先生…周囲の誰に相談しても、ちゃんと理解してくれる人は誰もいませんでいたし、何の救いもなかったからです。

信仰の学びを支えに、遠い昔の祖先の仏縁神縁を頼りに、東京、47都道府県を辿り、四国遍路、高野山、伊勢に至り、お詣りを毎日続けていました。

そういうお詣りの道の自死者の方でした。なので、ここで向かい合わなければ、神が許さないと思いました。仏も目を伏せるだろうと。

🌼🌼🌼

姨捨のあの決意の日から20年、フラワーデモみえは11月で1年になります。

20年を振り返ってみれば、性暴力問題については、何も変わらないような日々でした。でも、フラワーデモの1年で、こんなに変わっているのだと思います。

「神も仏もいない」と、思うこともよくありますが、

フラワーデモの人や地域の繋がりに、神がいる、日本の太陽の女神がいると、私にとっては思われています。

🌼🌼🌼

*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】に同意とします*