c1.メインセラピー by F先生

sn.c1.解離の自分と繋げる②仮死状態と幽体離脱と解離

site up 20200821金

認知行動療法の前置きが長くなりましたが、解離している自分と繋げるのは、身体への働き掛けによると思います。

前回のトラウマケアで、4歳の性暴力被害の連れ去りのPTSD反応の経過テストは、今まで一番良い点数でした。私もその結果に納得します。

一番嫌なトラウマの身体感覚に向かい合って処理すること、フリーズし未完了なままの3F反応を完了させてゆく作業で、身体に生ずる不快なトラウマ感覚が、なくなっていることを感じます。

完全に解離がなくなっている訳でもないです。食事やお風呂や日常の解離は、まだまだ残されてはいます。でも、自分の体を掻きむしりたくなるような、嫌なトラウマ感覚は、なくなっています。

4歳の連れ去り被害の時、私は意識を失いました。次の近所の老婆と父と息子3人の被害でも、意識を失いました。あるところの記憶から、パタっと意識が真っ暗な闇になっています。

その息子による性暴力被害(数ヶ月、複数回)の時は、幽体離脱をしていました。光の世界にいる自分が、上から被害にあっている自分を見下ろしていました。何回かありました。

幽体離脱は、20代の交通事故の時、30代のアナフィラキシー・ショックの時にもありました。

30代の時は、命が危なかったとお医者さんに言われました。最高血圧が30を下っていました。アナフィラキシー・ショックは、食べ物のアレルギーや虫によるそうですが、どちらも覚えがありません。受け入れられない程のショックは、その日に、フェミニズム文学の先生(大学教授)に、4歳の性暴力を「ませてたのね」と、酷いセカンドレイプを言われたことしか、ありません。

死の世界にゆくというのは、美しくて気持ち良くて素晴らしいことのように思います。

動物は敵に命の危機に晒された時、仮死状態で生命エネルギーを保つそうです。

自分も気を失った時も、幽体離脱の時も、そのような状態だったと言えます。

解離もそれに近い状態のように思います。

19歳、27歳、解離の強さは違うけれど、自分は解離の世界の中に生きていたような感じに思います。

他の人達とは、同じ場の同じ時を過ごしながら、自分はトラウマの傷付きや恐怖から一生懸命、逃れていたくて、その逃避の世界=解離の世界に存在させていたように思います。

そんなフワフワと、非現実で、「気持ち悪い」「死ねばいい」と隙あれば自分を攻める言葉や感覚の中に生きながら、その解離の世界や感覚の方が、性暴力の現実よりも、危険でありながらも、生命や存在の維持には必要でした。

セラピーでは、フワフワと浮いてあるような4歳の自分の解離の光、閃光の感覚と、自分自身とを繋げるような、そんな作業になりました。

EMDRの機械も使いました。聴覚や触覚に働き掛けるのも、身体感覚の働き掛けになると思いました。Fさんの指の動きも追いました。

解離は加害者達の死や、トラウマk病院でも悪化しました。この2つの課題は大きいです。トラウマk病院については、Fさんにも伝えられていますが、加害者達の死については、認知の歪みと思われているので、追いたてられ、突き動かされるような、恐怖の衝動であったことを、もう少し伝えられたら良いなと思います。死の複雑性悲嘆を扱えるセラピストも、そんなにいないのです…大丈夫でありますように。

解離と向き合うのは、それなりに体力が要るのか、トラウマのぶり返しのように、動けない状態になっています。夏の暑さもあると思います。

でも今まで望んでも、セラピーを得られなかった、精神科医療はじめ、どこも頼れる存在ではなかったことを思えば、もっと、1年前と比べても、生きる方向に進めているのだと思います。

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hanaさんの解離は、表現するとしたら、どんなふうに表現しますか?

言葉ですか?絵や音楽や作品ですか?

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