c1.メインセラピー by F先生

sn.c1.二人の加害者達に「戦い勝つ」③4歳パーツ達の願い

site up 20200811火

セラピーの始めの頃、よく絵を描いていました。絵を描いていたのは、アウトプットすることで、少しでも楽になりたかったからです。

頭の中に蘇るトラウマ記憶と、今ここの救いの自分と、1枚の紙に表現していました。

またEMDRの始めの頃、イメージを使って、自分のパーツ達と出会う作業をしました。会議室療法というようです。

自分は、これまでの救いようのなさから、自分でも少しでも知って学ぼうと、本なども読んでいますが、この時は、EMDRや会議室療法についての先入的な知識がなくて良かったなと、思います。

ありのままの自分のパーツ達が、その後、知った、EMDRの本で記されるような状態であったことに、安心のような、感動のような気持ちでした。

Fさんの誘導に沿ってイメージしてゆきました。出てきたパーツ達は、皆、変で不気味な様相でした。そして、皆、互いにいがみ合っていました。特に最後、必死になって出てきた、k病院のトラウマパーツは、酷いあり様で、他のトラウマパーツ達も恐れていました。

そのk病院のトラウマパーツは、4歳のうつ伏したままのトラウマパーツを見付けると、蹴ったり、殴ったり、攻撃しまくっています。

他のパーツ達も、いがみ合いながら、4歳の子に向けて攻撃しています。

4歳の子は、血みどろな顔で、猫が怒った時のように、シャーッと牙を向けています。

不気味な様相で、お互いが嫌いあって、一番の幼い根のトラウマを負う子を攻撃しています。

Fさんに「どんな様子でいますか?」と聞かれた時に、「皆、嫌いあって、いがみ合って、特に4歳の子のところを、お前のせいだと言って、攻撃しています」と答えました。

「それは、みんな、自分自身のなんですよ、いがみ合うのはやめてあげましょう」

と言われて「そうだった、これは、他者じゃなくて、自分自身なんだ」と気付いたら、不思議な気持ちになりました。こんなふうに自分の内側で、皆が、攻撃しあっている、それは私自身が私自身を攻撃していることなんだと、これまでの自分を客観視されたような気持ちでした。

その頃、描いた絵に、4歳のパーツは何人かいて、皆、凍り付いた物言えぬままの様相・風貌のトラウマパーツなんだけれど、一番の根のトラウマ、2人の加害者達に連れ去られ性暴力被害を受けたトラウマパーツを、攻撃している…というものがありました。

漸くテーマになりますが、二人の加害者達に向けるべき、攻撃や戦いを、戦えなかった、4歳のトラウマパーツに向けていて、その後も、ずっと、その子を攻撃し続けて、起き上がれない、動けない程に、自分で自分を傷付けてきていたのだと、思いました。

韓国ドラマのように、守るべき人・存在(自分自身、4歳のパーツ)を守り、加害者達/敵に向かい、四方八方、上下、どこからも守り戦い、やっつけて、自分を安心安全の場まで連れてゆく…

自分に向けていた4歳のパーツ達の攻撃は、本当は、加害者達/敵に向けたかったものなのだと、今回のセラピーで思いました。いつの間にか戦っているのは、4歳のその絵のパーツ達になっていました。イメージの中で、攻撃していた他の年齢のパーツ達も一緒に。

そして、やっつけたら、安心安全の場に、走って、お大師さんやお父さん、お母さんに、守られて導かれて、安心安全な私のお家に戻ってきました。

その安心安全は私自身が築いてきたものです。

それで、やっと落ち着くことが出来ました。

ずっと、戦うこと、競うこと、スポーツも含めて、怖いと思ってきました。4歳の頃のままのフリーズのせいだったのかもしれません。

でも戦いも必要だし、戦っても良いのです。

セラピーを通して、その大事な一歩を経験し、体得したのだと思います。

🌷🌷🌷

hanaさんはどんなふうに戦いたいですか?

上手に戦えるようになりたいものです。

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