b2.ゆき花の白い雪道

sn.b2.加害者達を懐かしむことも、許すことも、【絶対に】ない

site up 20200726日

Twitterなどでも、たまに見るのですが、芸能人がテレビ番組で、子供の頃、女の子のスカートめくりしたことを、懐かしんで話していることもあるようです。その芸能人は、自分より1つ年上くらいの同年代です。

その芸能人は、自分の加害行為を加害行為だと、理解もしていません。

その芸能人には、遠い過去の懐かしい思い出で、その被害者も、その加害者の加害行為を、甘く懐かしく、許して受け入れてもらえるとでも、思っているのかなと、思いました。

テレビ番組の公共性や一方的な立場を利用して、視聴者に聞いてもらい、見てもらい、受け入れてもらい、共有してもらうことで、懺悔したのと同じ意味が持たれ、多少の後ろめたさから、解放されようとしたものかなと、思いました。加害者は、共通して、自分の過ちを正当化し、自分は間違っていなかった、悪くなかったと、言って欲しいのだと、思います。

自分は、加害者を懐かしんで思うことは、絶対にないです。

加害者にとって、過去のことでも、被害者にとっては、何十年経った今でも、残されたままの恐怖で傷付きです。

被害者も加害者と同じように、懐かしく思うものだと、勘違いしていますが、同じように懐かしむことなど、【絶対に】ありません。

被害者がそんなことしたら、いずれ人間は滅んでしまうと思っています。そのくらい、性=生命、命の問題で、性暴力はその冒涜で、侵害行為です。

加害者を許すこともまた、【絶対に】あり得ないです。

男性同士の庇い合い、ホモソーシャルの庇い合い、とTwitterなどでは見ます。

男性同士が過去を振り返って、日本兵士が従軍慰安婦をレイプしたり、男子達が女子を性的苛め=性暴力をしてたことを、大人になって懐かしんだり…そんなことも、話されるようです。

自分達の加害行為を、被害女性達に、母のように大らかに受けて入れてもらえる??と、勘違いしているようです。

性という、人間の一番の尊厳や生命=生殖に対する冒涜行為しておきながら、そんなことは、あり得ません。

神宮の一番の聖域やそこに祀られる神(天照らす女神)を冒涜し、汚し、踏み躙っている行為と同じことだと、思っています。

被害女性達はトラウマを負ってしんどく、そういう加害者達を絶対に許すことなくいます。宗教を勘違いに理由にして「許す」「許せ」という被害者や宗教者もいるそうです。

私自身も牧師に言われました。

謝ってもいない、罪を悔いてもいない加害者を、何故、被害者が、加害者の聖母のように、許さなければならないのか。

被害者にそう言うのは、ジュディス・ハーマン(医師、ハーバード大学=キリスト教神学の大学)の著書にも記されていますが、聖書の解釈からも逸脱しているそうです。

宗教に浅学に言う人達もいます。宗教者にさえいます。

被害者は、加害者増産、加害者野放し、加害者優位の社会の中に、救いようなく置かれています。

4歳の私は、ただそこに存在していただけで、性暴力の標的にされました。

小学校の頃、保育園の弟の送り迎えをさせられました。その頃から、小学校の6年間、弟の同級生達に、性的暴言を日々言われてきました。暴言を言ったのは男子ですが、同じ弟の同級生の女子達の、被害者に向ける冷たい視線も、忘れません。

一番酷かった加害者は、20歳前後の頃、バイク事故死しました。

可哀想と思うことはありません。加害者の姉は、自分の弟が、日々の酷い性的暴言を、皆の前で私に言っていたことを、全く無視して、言い返した私が悪いように泣いて、言っていました。

先生も生徒達も、性的暴言のことなど、向かい合いはしませんでした。

懐かしむことも、許すことも【絶対に】ありません。それが自然で当然です。

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hanaさんは、許せと言われて、許せますか?許せないと思います。

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