b1.ゆき花の雪の日

sn.b1.生まれた長野を離れた理由

site up 20200604木

4歳の性暴力被害に気付けたのが、20代後半の頃。それから今まで約20年。生まれた長野を離れたからもう10年になります。お遍路以来、一度も長野の家には帰っていません。

恐ろしくて帰れない、ということもありまました。父の性暴力は、地域社会の医療・支援のあまりの酷さ、救いようのなさを、私一人に負わせようとした結果の、脅かしのようなものでした。卑猥や猥褻ではないです。

自分でも何故、働くこと・お金を得ることに、非常な恐怖を感じて、体が拒否反応を起こしてしまうのか、分かりませんでした。父にも、姉、弟、故祖母にも理解されず、侮蔑されてきました。

「働けない」トラウマ反応を理解しない父は、襟ぐりを両手で締め上げて、「働け!!」と怒りをぶつけました。入浴後に着ていたガウンを、同じように襟ぐりを両手で締め上げて、「何で働かない!!働け!!」と、何度も揺さぶりながら、ガウンをはぎ取りました。

自分をしたことにショックを受けたのか、父はその後、泣きながら外に出て行ったように思います。自分もその時のことは、よく覚えていません。

・弟の送り迎えの小1の頃から6年間、弟のクラスメート達に、集団の性暴言を、毎日受けていたこと

・18歳の大学1年の頃、「汚い自分はもっと汚くなればいい」と思ってやった、ダイヤルQ2のバイト

・トラウマk病院の非道な暴力・性暴力環境下と薬漬けの日々に、社会復帰を建前にさせられた労働奉仕

・それから、性暴力被害と、二次被害、医療支援被害の数々

長野の地方紙、信濃毎日新聞の記事(2020年6月4日Web記事)に、2019年度、県性暴力被害者支援センター「りんどうハートながの」に寄せられた、性暴力相談が、開設4年以来、過去最多の91件であったことが記されていました。

〉若い世代を中心にセンターの認知度が上がったとみられ、20代以下が被害者となった相談が7割近くを占めた。

「若い世代を中心にセンターの認知度が上がったとみられ」とあるけれど、「被害者の側が知らなかったと、責任があるかのように書かないでよ」と思いました。

被害者とそうでない者とを切り離し、自分達は善人であるような、対岸や上からな言い方です。

今の若い世代は、相談しても頼れない、ということ自体を知らずに相談するのだと思います。

自分のような年上世代には、相談しても頼れない、二次被害に傷付くことを知っている、だから、相談しない、という人達も多くいると思います。

私も、母も父も、家族も、そういう長野の行政や相談所の対応に、ずっと傷付いてきました。

「とても頼れるワンストップセンターが、せっかくあるのに知られていない」と、まるで、良いモノあるけれど、知らない被害者達の方に責任があるように書いて欲しくないです。

私は、長野には安心して住むことも出来ずに、絶望のまま県外に出ました。

長野にいた時も県や市や、議員や、また、長野を離れてからも、折に触れて、性暴力の対応を自治体でちゃんとして欲しいと、県民・市民の声を送ってきました。県や市からの返答は、感じ悪いものばかりでした。「自分達はこんなにもやってますアピール」しか言いません。

真摯に応えてくれたのは、元知事の田中康夫さん一人でした。

「働くこと」の拒否反応=心身の反射的反応、その恐怖反応が、ずっと分からないできたけれど、その説明や回復の方向性も、今、得ることが出来ました。フラワーデモを通して、長野にも繋がれました。

長野では、決して得られなかった・今も得ることの出来ない、トラウマ専門治療に、先生達と繋がれたのは、奇跡だと思っています。

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hanaさんの街では、性暴力被害を、安心して相談出来ますか?

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