d3.世の不協和音と:性暴力の誘発・助長・連鎖

sn.d3.「バカ殿」番組が、ただ怖かった

site up 20200402木

「バカ殿」芸人の訃報を見ました。私は、正直ほっとしました。その名前も書きたくない、敬称を付けて記すなんて、出来ません。「お悔やみ申し上げます」などと書く、フェミニストだとか、性暴力撲滅を支持する人達の記事を見て、力を失います。それで、フェミニストとか、性暴力撲滅などと言えるなんて、その番組の女性の扱いを一緒に笑っているのだろうか?と思います。

*女性の人権、子どもの人権、性暴力問題の意識ない人達はもっと悪くいるし、仲間割れや切り離しを言うものではありません。

私は、幼い頃からずっと、あのバカ殿芸人の番組が怖かったし、嫌いでした。「ドリフ」も怖くて見れませんでした。とても笑えなかったし、いつも、怖い性暴力被害をフラッシュバックさせるトリガーとなっていて、名前を聞くのも嫌でした。

自分にとって、それを笑える人達は、性被害者も含めて、加害者の側にいる人達と同じ、怖い存在だという感じです。

番組やマンガやAVなどの創作物と、現実世界は別だと、言う人達もいるけれど、その線引きは必ずしも明確にある訳ではなく、曖昧なまま、日常の中に持ち込まれているものです。「テレビやマンガやAVにあるから、日常社会でそれをしても許される」「同じような考えを持っている人達もいるから、悪いことではない・大したことではない」と、思う人間も多くいることでしょう。

「性暴力・性差別を、世の中の一般のモノとして教える番組」がなくなることに、安堵しました。動物番組でキレイごとにして・老人の猛勉強振りで善良な人にしながら、性暴力を誘発するような、女性性を軽んじて、量産型にもてあそぶような番組の問題性を見ようとしません。ヘビースモーカーだったことにも大して触れません。

自分は加害者達の死に、10代の頃にとても苦しみました。誰でも・何をした人でも、お悔やみ申して、弔えば良い、それが善良な人間がすることだ、とするのは、分別つかない人のすることです。傷付いた人達がいることを、慮って(おもんぱかって)いません。慮って、その意志を示して欲しいです。

死を理由に中立にいるようでも、実際は、加害者寄りになっている、そういう立ち位置にいることを無自覚でいます。

故人を誰でも・何でも悼めというのは、間違っています。追悼の言葉だけでなく、女性性を軽んじた・性暴力を誘発する番組だったことへの配慮の言葉は、一緒に記されて欲しいです。配慮ない記事は、まるで性加害者と全く同じと思います。早くこのバカ殿芸人の訃報報道なくなって欲しいです。中立=現状維持=加害者に都合良い側にいる人達は、そういう配慮や分別がなく思います。

どんな故人でも悼むものだなんて、宗教者は、ある意味、葬式が生計の糧だから・自分の立ち位置優先に、故人を悼めと言うのです。故人を偲ぶようでも、目の前の生きている人を傷付けることもあるし、自分も祖母の死の際、そういう経験をしました。生きている者に、気持ちを注いで欲しいです。

コメディアンだから、だからどんな番組でも許されるなんて。自分もいっそ、そういう裸体や水着の女性達の上に横たわり、それを、平気で笑っていられる、無自覚な加害者の側にいたら、楽だろうと思います。

でも、そうやって生きたら、トラウマが悪化するだけで、体がますます苦しくなるだけなんだと、自分の命綱として思います。性を軽んじて扱われ、傷付いた自分は、その女性達の扱われ方にも、それを笑う人達にも、そういう存在自体に傷付きます。あの番組も、その存在も、いなくなって、本当に安心しました。

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書き辛いけれど、大事なことを書きました。ゆき花とゆき花の庭にありがとう。

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