b2.ゆき花の白い雪道

sn.b2.治療に至るまで

site up 20200303火

高野山で一度繋がったその治療だったけれど、高野山ⅱ男による、不幸な邪魔が入って中断されました。警察やワンストップセンターに相談しながら、対処出来たものの、自分自身もまだセラピーの時機ではなかったと思います。その理由を、以下の5つにまとめてみました。

🌼1.自助グループのⅱ女に、治療を受けていないと、仲間にはいさせないと言われての治療だったから。自助グループのⅱ女は、そんなこと言う権限などないのに。それは自助グループ代表の方に後年、伝えることが出来て、ⅱ女も退会になったそう。自分以外の人にも強い言い方をしていたことも確認された。

🌼2.他者に言われて、という本心から動いてない治療というのは、フラストレーションが増すだけで、結局は、上手くいかない…自分はそうだ。特に病院トラウマが酷くある自身にとっては、トラウマ悪化にしかなりかねない。また、治療を受けなければ仲間から外すというのは、そうでなくても孤立してしまう性被害者を追い詰める態度だ。ⅱ女は、その何の資格もないのに。

🌼3.高野山ⅱ男による、治療の中断させられたのは、長野から、東京、四国遍路、高野山に至るまでずっと、性暴力被害があまりにも救いようなく、ただ傷付いてきたことは大きな原因だった。一番は性暴力加害者達が悪いのだが、二次被害も深刻で、そこに付け込まれるのだ。

生まれた長野・東京に性犯罪被害の救いがなく、遠い昔の祖先の仏縁にすがって、四国遍路、高野山に来たものの、本当に不幸な被害再演ばかりを繰り返していた。自分でも何故、自分で自分を守れないのか分からなかった。

この時の不幸は、お大師さん、仏さまを思うように、救われた。

お大師さんには、もっと不幸な自分の人生を支える誕生日の悪縁や、セラピーそのものも、救ってもらえてきた。

🌼4.自己肯定感、セルフエスティームの感覚を掴めたのは、自分の日記を通して知ったほめ日記がきっかけだった。それがなければ、今のトラウマ治療も難しかったと思う。高野山で一番得たものは、自分を尊び、大事にする感覚そのものだった。

🌼5.不幸なに中断された治療だったけれど、絶望と混乱の中にいた時、F先生の心配してくれる声が理趣経の読経の声のように、体にほっと感じられた。その理由も後でポリヴェーガル理論から考えて納得ゆくように思われた。驚愕反応が強い自分が、そんなふうに人の声にほっとすることが稀だった。そして、そのほっとした安堵感から、数年後から今に至る治療再開に繋がれた。

…以上の5つです。

自分の反応がずっと分からず、家族にも分かってもらえず、人間関係を切り離され、孤立無援に追い込まれてゆきました。全身に受けたトラウマ恐怖は脳に残り、脳から、全身に常に影響している…そんな当たり前の身体の仕組みを、今の治療に繋がるまで説明されることはありませんでした。

脳に恐怖の記憶が残ること。

それは気持ちや心の持ち様や持ち方で、どうにかなる問題ではないこと。

それには、専門治療の必要な場合もある。深刻な医療支援トラウマを酷く負っていた自分が、よく探したと思います。

一度目は、自助グループにいさせないという半ば脅しに、孤立から身を守りたかったから。

二度目は、これ以上、自分で自分を支えられなかったから。

酷い医療トラウマを乗り越えて、専門資格のある治療者に繋がれたことは、自分には奇跡的なことでした。繋がりを求めながら、解離していた自分、というのも思います。勇気以上に、医療トラウマを負う自分にとっては、危険を伴う試みでした。まだ、そういう余裕はありませんが、このこともまた向き合ってゆきたいです。

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hanaさんのセラピーに繋がる過程はどうでしたか?

ゆき花も、小さなセラピーを大事に過ごしたいです。

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