e3.性犯罪・刑法改正の思い:花も実も

sn.e3.花も実も

site up 20190217月

悼むことが必要とトラウマ治療のF先生は言います。

性暴力被害者が性被害者により、予め得られなかったもの、得ることが出来なかったものを、悼む作業が必要とF先生は言ってくれます。

その言葉に、トラウマによる傷付けらてきた、私の感情、怒りや悲しみは、とても支えられています。

トラウマは喪失を伴うものです。だから怒りになります。それから、苦痛な悲しみにもなります。その当然の怒りや悲しみで自身に危険になることもあります。そうならないで、自分が安心安全な繋がりで生きて行く為には、トラウマによる喪失を悼む作業が必要なのです。J.ハーマンの本にも記されています。

お詣りしかなかった自分には、悼むや祈りは身近なことなので、伊勢や高野山の経験をリソースとして、自分の苦しみを支えています。

そういうトラウマ感情解放の為の、安心安全の場作り・安心安全の基盤作りとは別に、トラウマ記憶と向き合う処理作業はもっと辛いです。

特に、CPT(認知処理療法)課題は辛いです。辛くて課題の出来ない自分に対し、F先生は理解してくれてない、と悲しく思うこともあります。でもF先生は、何か一生懸命に伝えようとしてるというのは分かります。

「F先生がそんなふうに言うのが私の気持ちが伝わってなくて悲しいです。でも、先生が、なんか一生懸命言おうとしてるので、私の気持ちも伝えてます」

…そんなやり取りしながら、やっと4歳からある自分の認知の歪みに気付くこともあります。

トラウマ反応からですが、ビクついたり固まったりして、人との繋がり、人間関係が、自然に出来ない状態でいます。

性暴力被害や性犯罪問題は、それだけで悪いと、社会の中でレッテル視されています。加害者擁護もそこにあります。悔しい思いを多くするし、今までもしてきました。

皆、性被害や二次被害に、同じように多く傷付いてきたのだと思います。特にトラウマに対応出来る治療者がいないことも原因です。私もそういう一人で、F先生との出会いは奇跡と思います。

トラウマの理解のない現状で、回復について、説明するのは難しいと感じます。

他のサバイバーが回復というものが、どういったものか、私もいつも興味があります。

私の先生方は「完治はなく、緩解、緩和」と言っていますし、自分もそう思います。

そして私は、回復にはまだ至っていません。

私のブログ記事について、素人が自分の経験から言い過ぎてるだろうか?というのも考えます。

回復と言ってる人達が、実際、本当に回復しているのだろうか?

それは万人向けなのだろうか?

…というのも、思います。

これまでも、サバイバーが言う回復について、ずっと懐疑的に思ってきました。

本当に回復と言えるものなら、刑法改正の医療的説明も十分に可能であると思います。

今も差別偏見の対象である、精神疾患、精神障害の人間の状態を、ただ嫌って避けたくて、上滑りに回復と言ってはしないか、というのも思います。

自分自身にも、考えます。

でも、一人一人の思いや言葉や表現は、仮にぶつかり合うことがあっても、性暴力がどんなものであるか、周囲に知らせてゆくのには必要なことなのです。仮にぶつかり合うことがあっても、適当な心の距離から、大きな気持ちで見守る目を持っていたいです。

過去の女性運動も、そのようにあったと思います。

🌼🌼🌼

hanaさんは、どんな花を咲かせたいですか?実をみのらせたいですか?

#WithYou #MeToo #フラワーデモ 私達の思い、花も実も沢山なりますように💐

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