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sn.x1.サイト内に安心・安全のクッションを作りたい

site up 20190122火

花園春休み1ヶ月前。どのくらい、自分のサイトが進めるだろうか?と考えます。

特に、サイト作成しながら、リソース土台しっかりさせたいと、思いました。サイト作成にも、自分の内にも。それが、繋がりの回復になるようにも思います。

花園も、そういうクッション的なページがちゃんとあります。

心理療法のページ、オーディオEMDR、用語集やリンク集のページも。

きっと運営者のパーシーさん、タケさん、しっかりした自己との向かい合いがあったからこそ、だと、思うのですが、自分は、まだまだです。

だからといって、未処理の過去(トラウマ経験)を無視して、無理矢理、笑顔で美しく明るく楽しくいようとか、苦しかった過去のような生き方はもうしません。こんな神仏に恵まれたような、トラウマケアの縁に繋がれたので、そういうこともは、もうしません。自分はそれで苦しかったです。

リアルを含めて、書くこと、応援してくれる人達がいること、自分が培ってきたモノも大事にしながら、そういう繋がりを大事にしてゆきたいです。自分史もちゃんと完成させたいと思います。回復の方向性が分からなかった時は、書いても壁にブチ当たって進めなくなったり、書けなくなっていたけれど、今は、セラピーを通して、回復ストーリーを自分の内に持てるようになってきたのだから、きっと完成出来るし、完成させようと思います。

性暴力に気付けた27歳の頃、気付けたことで、自分の一生の課題をやり終えたように、自分の人生も終わるのだと思いました。そのように、心が弱って、体も弱って、2、3ヶ月、起き上がるのもやっとの状態でした。性暴力に気付けたことで、問題の全てが解決するように思えました。でも、性暴力の問題も、もっと無自覚で当たり前にいた深いトラウマ・傷付きの問題も、そう簡単には解決しませんでした。

そして、性暴力に気付いても、ずっと一人ぼっちでした。

トラウマの防御反応、反射的反応で、他者と、特に働いてお金を得ることが出来ないことを、自分でも理解出来ず、父、姉、弟、身近な人達、周囲の人達にも理解されず、ただ、否定、侮蔑、蔑視されて、一人ぼっちでいました。父の脅かしの性暴力で、長野を離れてからは、もっと孤立して、自分でもどうすることも出来ずにいました。

リアルな身近や周囲には、何の救いも、繋がりも持てないで、一人ぼっちだった頃、花園の存在にほっとしていました。自分だけじゃないんだと、思えました。「性暴力」と検索して、いつも花園が一番にヒットされて、リストアップすることに、ただ、ほっとしました。2003年のその頃から、自分のサイトを作ろうとしてきたけれど、全然、出来なくて、こんなにも長い年月が掛かって漸く、という感じです。今思うと、自分のトラウマ回復、トラウマ解放がされていないのに、そのような繋がりを持つことは、とても出来ないことでした。

花園ってすごいなぁ、有難いなぁってのは、サイト作成しながら思います。

パーシーさん、タケさん、ありがとう。

4月まで、どのくらい出来るか、回復するか分からないけど、その先も続くのだから、今の自分の回復繋がりを大事に、コツコツ地道に積み重ねてゆきたいです。

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ここまで書けて良かった。花園にも、ゆき花の庭にもありがとう。

訪れて読んでくれたhanaさん、気持ちを寄せてくれたhanaさんにもありがとう。ゆき花自身にも。

自分ペースで生きましょう。

*メッセージは【主旨と投稿ルールbyゆき花】に同意とします*